木目が美しいケアキの胴体で、縁にはあえて赤カシでしつらえた頑丈な作りの長火鉢に対しながら、話する相手もなくただ一人、やや寂しげに座っている30前後の女、男のような立派な眉をいつ取り払ったものだろうか剃った痕が青々として、見た目にも感じさせよう雨上がりの山の色をとどめた緑の香のようで、一段とおくゆかしい。

鼻筋がツンと通っていて目尻はキリリと上がっており、洗い髪をグルグルと無造作に丸めたところへ引き裂いた和紙を巻きあしらって、一本櫛でグイと留め刺しただけという色気のない様子をつくってはいるけれど、こ憎いほど真っ黒で艶のある髪の毛からは一つ二つの乱れ髪のふさが、浅黒とはいえあか抜けた顔にかかる趣きは、年くった女は好かないという者であっても、褒めずにはおられないだろう風情に形。

自分の女なら着せてみたい好みもあるが、と好き者たちが随分と、頼まれもしないのに陰であれこれ言いそうだが、これはまた外見を捨てて堅気を自ら誇る着こなしで、衣装の柄選びさえも野暮な程にさせた二撚り糸を平織りした綿入れに繻子の襟のを着て、どこ…
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 明治22-24年ごろ幸田露伴の小説「五重塔」の冒頭を拙訳してみました。

女は大工の頭領・源太の女房。五重塔は夫が建てるものとばかり思っていたら、恩を仇で返すごとく弟子格の「のっそり十兵衛」が建ててしまう…。その間の軋轢や事件が講談師の語りのように、あるいはアーティスト職人魂がぶつかり合う心理劇、さては神仏宿る超自然のロシア文学の重厚さで、流れるような文体に乗って描かれていきます。
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 先日、船で来館の30歳のスイス人女性が、建築・美術史専攻の大学院生というので、近くの妙成寺・五重塔へも案内しました。塔を前にして私は砂利に指で絵を描きながら構造の説明をしたのですが、私の下手な仏語では肝心のところがうまく伝わらなかったらしい心残りがいつまでもありました…。で突然、今になって小説「五重塔」を読んでいないことに気がついて図書館で借り、一気によみました。

能登の語源探しで古文に接していたので、昔なら読む気さえ萎えそうな文語調を、すいすい読めて我ながらびっくり。それ以上にこの時代の”言文一致体(?)”が持つ和文独特のリズムにグイグイ引き込まれて行く魅力の体験は新鮮でした。

 ブログなど書いてますと、ついつい”見る文体”、つまり電報のような単純さや分かりやすさのみをを目指しがち。本来の日本語の持つ独特の音楽性に改めて気づかされた思いでした。


 そう言えば昔、未発見の”森の人”と呼ばれる「少数民族発見」を追うTVドキュメントがあり、タイ奥地の山中で定住しないまま原始的生活をする彼らが話す言葉を聞いた時の印象は忘れがたいものでした。

母音中心の「ホーホー」「ファーフォー」という響きが、メロディックなリズムと共に歌うように、山の緑に溶け込むような柔らかさで会話されるのです。懐かしい昔の歌を聞くように感じました…。今でもスーパーなどで買い物をする東南アジア系の若い女性たちの、母音を延ばす会話を耳にすると、つい、あの”森の人達”の歌い合うような会話を思い出して聞き入ってしまいます。

私の育った南加賀地方の方言は「のんぐり(能美郡?)」と言われるもので、田舎くさい汚い言葉とされてました。たとえば、

「あーの、みーちゃ、うーしゃ、きーた」(あの道から牛がきた)

で、「あ⤵の、み⤵ちゃ、」と言う風に、母音を延ばすごとに語尾が下がります。”森の人”の言葉は似ているのですが、上り下りがあり、区切りも長く、語尾も引き延ばされるので歌っているように聞こえました。

「五重塔」のような口語風の文語体に接すると、あたかも五七調の謡(うた)になっている感じですが、音節を数えるとそうでもありません。子音に一々母音がくっつく、もともとの日本語の特徴が自然にそうさせると言えましょう。ですから、そのルーツを考える時、母音が独特のリズムを作り出してしまうという同じ特徴のある東南アジアのどこかとは確実に繋がっているのだろう、という気がいたします。虫人

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格安スマホ移転への注意”という記事のイラストを描きました。(掲載は木曜の北陸中日新聞)

 ところが私はスマホを持たない。皆さんスマホの手を掲げて撮ってる時も、私は旧式の小型カメラを遠慮がちに突き出し「カシャリ」と音がして恥ずかしいことも。レンズがニョキリとせり出してくるタイプは衝撃に弱くてすぐ壊し、堅牢でシンプルなタイプに換え、ズームの弱さを気にしながらも「老人用はこれでなくちゃあ」とありがたく使ってました。
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だが思わぬ破損が…。耐水用にズームアップボタンをカバーしてた柔らかな表皮の部分が破れて穴空き状態に。写真は未練たらしく黄色のテープで塞いでみてますが機能せず。しかたなく同等クラスの小型カメラを2nd street から先頃買いました。

SDカード記録式なので古いカメラでも使えます。で、あちこち移動させてたら、各機に適合させるための収納用のファイルやら何やらがカード内にやたら誕生し、今撮った写真がどこに保存されたかあちこち探すあんばい…。立派なカメラで美しい写真を撮っておられる皆様からはわらわれそうでが、ともあれ時代に付いて行くのも老いの身には大変です。虫人
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[写真:散歩で大きなフグを見かけました。土日は釣り人の車が道路にずらりと並ぶ季節になりました。
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 白山はまだ雪。この前、陶器彫刻の金先生夫妻が来られたとき「あれは白山ね!」と奥様からおっしゃった。彼の国(今は北)には白頭山(ペクトゥサン)という“母なる山”があり白山には特別思い入れがありそうです。白山と言う名を広めたもともとは、遠い昔の渡来系の人たちだったかも知れない、とフト思ったりします]


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関西を中心に活動されてる画家の森本紀久子さんの東京での個展。今回のDM写真は、かつて日宣美に出品したパネル作品だそう。
「アーツ千代田 3331・アートフェア」の一環と思われます。
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金沢美大の先輩で、半世紀も前の日本でこんな絵を描く人はなく、賞を取りまくった。学生時代、北陸中日美術展(大賞受賞)の審査員だった評論家故・針生一郎氏が金沢から東京へ帰る列車にちゃっかり同行し銀座での個展戦略を練り、これも当たる。当時の先端はオプティカル・アートで、代表格のオノサトトシノブ氏が「針生さんはこんな情緒的作品を佳しとするのか」と文句をつけた一方、”芸術は爆発だ!”の岡本太郎氏からは賛辞を受けました。
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当時の日本の現代美術界は欧米に追随するほかなく、評論家の役割もその紹介が主。戦後の日本が通らねばならない道の一つで、日本の現代美術の幕開けが本格化した時期です。

森本さんは美大卒業後は高島屋デパートの宣伝部に就職し、一時広告ともかかわったが、名古屋の中日新聞本社で大規模個展をしたのもこの頃。
今の私はとても東京旅行はできないけど、彼女からは「あちこちケアしながら…元気にしてます」との添え書きがありました。虫人
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d0329286_17553492.png 常設展示してる陶彫家・金正逸(キムジョンイル)先生の奥様が、自宅玄関ロビーに、木彫りの象を中心にした”ジャングル風”ディスプレーをされていて、もっと象を集めたい意向だったので 、今日は中能登町の骨董屋さんに行ってみました。

象はありませんでしが、シカを一頭確保しました。調べてみるとブラックバックというガゼルの一種に似ています。インド、ネパール、パキスタンに棲息しているカモシカの類のようです。が、お気に召されますかどうか…。

 その帰り道、邑知潟の平野中を走る道路上にタヌキを発見。運転の野中氏が車を止め「カメラ、カメラ!」と言うので、あわてて撮ったのがこれ。全然逃げる気配がない。車が頻繁に通りとても危険なのにへん…。後ろ髪を引かれる思いで先ほど帰りました。虫人

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