カテゴリ:■文筆( 18 )

 木目が美しいケアキの胴体で、縁にはあえて赤カシでしつらえた頑丈な作りの長火鉢に対しながら、話する相手もなくただ一人、やや寂しげに座っている30前後の女、男のような立派な眉をいつ取り払ったものだろうか剃った痕が青々として、見た目にも感じさせよう雨上がりの山の色をとどめた緑の香のようで、一段とおくゆかしい。

鼻筋がツンと通っていて目尻はキリリと上がっており、洗い髪をグルグルと無造作に丸めたところへ引き裂いた和紙を巻きあしらって、一本櫛でグイと留め刺しただけという色気のない様子をつくってはいるけれど、こ憎いほど真っ黒で艶のある髪の毛からは一つ二つの乱れ髪のふさが、浅黒とはいえあか抜けた顔にかかる趣きは、年くった女は好かないという者であっても、褒めずにはおられないだろう風情に形。

自分の女なら着せてみたい好みもあるが、と好き者たちが随分と、頼まれもしないのに陰であれこれ言いそうだが、これはまた外見を捨てて堅気を自ら誇る着こなしで、衣装の柄選びさえも野暮な程にさせた二撚り糸を平織りした綿入れに繻子の襟のを着て、どこ…
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 明治22-24年ごろ幸田露伴の小説「五重塔」の冒頭を拙訳してみました。

女は大工の頭領・源太の女房。五重塔は夫が建てるものとばかり思っていたら、恩を仇で返すごとく弟子格の「のっそり十兵衛」が建ててしまう…。その間の軋轢や事件が講談師の語りのように、あるいはアーティスト職人魂がぶつかり合う心理劇、さては神仏宿る超自然のロシア文学の重厚さで、流れるような文体に乗って描かれていきます。
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 先日、船で来館の30歳のスイス人女性が、建築・美術史専攻の大学院生というので、近くの妙成寺・五重塔へも案内しました。塔を前にして私は砂利に指で絵を描きながら構造の説明をしたのですが、私の下手な仏語では肝心のところがうまく伝わらなかったらしい心残りがいつまでもありました…。で突然、今になって小説「五重塔」を読んでいないことに気がついて図書館で借り、一気によみました。

能登の語源探しで古文に接していたので、昔なら読む気さえ萎えそうな文語調を、すいすい読めて我ながらびっくり。それ以上にこの時代の”言文一致体(?)”が持つ和文独特のリズムにグイグイ引き込まれて行く魅力の体験は新鮮でした。

 ブログなど書いてますと、ついつい”見る文体”、つまり電報のような単純さや分かりやすさのみをを目指しがち。本来の日本語の持つ独特の音楽性に改めて気づかされた思いでした。


 そう言えば昔、未発見の”森の人”と呼ばれる「少数民族発見」を追うTVドキュメントがあり、タイ奥地の山中で定住しないまま原始的生活をする彼らが話す言葉を聞いた時の印象は忘れがたいものでした。

母音中心の「ホーホー」「ファーフォー」という響きが、メロディックなリズムと共に歌うように、山の緑に溶け込むような柔らかさで会話されるのです。懐かしい昔の歌を聞くように感じました…。今でもスーパーなどで買い物をする東南アジア系の若い女性たちの、母音を延ばす会話を耳にすると、つい、あの”森の人達”の歌い合うような会話を思い出して聞き入ってしまいます。

私の育った南加賀地方の方言は「のんぐり(能美郡?)」と言われるもので、田舎くさい汚い言葉とされてました。たとえば、

「あーの、みーちゃ、うーしゃ、きーた」(あの道から牛がきた)

で、「あ⤵の、み⤵ちゃ、」と言う風に、母音を延ばすごとに語尾が下がります。”森の人”の言葉は似ているのですが、上り下りがあり、区切りも長く、語尾も引き延ばされるので歌っているように聞こえました。

「五重塔」のような口語風の文語体に接すると、あたかも五七調の謡(うた)になっている感じですが、音節を数えるとそうでもありません。子音に一々母音がくっつく、もともとの日本語の特徴が自然にそうさせると言えましょう。ですから、そのルーツを考える時、母音が独特のリズムを作り出してしまうという同じ特徴のある東南アジアのどこかとは確実に繋がっているのだろう、という気がいたします。虫人

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当ブログが参加してる「日本ブログ村(「漫画家」)」ランキングで、スペ滝の遥か上、1位2位辺りの実力者の記事を転載させていただきます。(シェア自由とのことなので)

 まったく共感ですが、幼少時から地元"九谷焼輪島塗金箔漬け”+”額縁入の絵”の権威下で育たざるを得なかった我が苦悩歴をお察しください。ネット情報で世界が変貌しつづける中、力を付ける努力をしなければ先はないと思いますが…。目下コンビニなどで売られているシリーズ誌も核心ついてますね。虫人
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漫画家 THE SEIJIの現在(日記ブログ)
http://theseiji.sakura.ne.jp/wp/

吉村萬壱 第22回島清恋愛文学賞受賞 で運転手ついでに金沢旅行。』

◆永平寺

北陸自動車道を金沢に向かって、ここに寄らない手はない。夕方だったので光が美しかった。禅宗は禁欲的で坊主がセクシーだから仏教の中では一番好きな宗派だが、殊にここ永平寺は禅宗の美が凝縮されているバリバリ現役の修業の場で、全くもって恐れ入る。

◆加賀観光ホテル

片山津温泉の腐りかけのホテルだが、味があってレトロ感満載で大いに気に入った。泉質は塩辛すぎて髭剃り後に沁みたが、コスパ考えたら十分合格点、素晴らしい宿だ。

◆金沢21世紀美術館

ご存知大成功した美術館。エルリッヒの『スイミング・プール』とか、大学のバレー部の後輩ヤノベケンジ君も頑張ってた。いい美術館だ。週末だったので人が山盛り来てた。

◆贈呈式

受賞作『臣女』読まれた方は分かると思うが、よくこれに恋愛文学賞をくれたものだと思う。懐深いわ。それに何だか審査員の方とか出版社の方とかいい人ばかりで兄は恵まれておるわ。

◆じろあめ 俵谷本店

半沢直樹観てないけど、彼が好きな飴らしい。建物渋い。

◆テルメ金沢

宿が東急ホテルだったので温泉入りたくなって行く。金沢まで来てスーパー銭湯だが、ここもレトロ感あってよかった。湯質が源泉なのでなかなかどうして本格的な温泉だった。男湯で悪さをする人は犯罪ですみたいな張り紙がいっぱい貼ってあって、ひょっとしたら「発展場」なのかな?

◆鈴木大拙館

ここは資料館ではなくて、まさに禅を実践する建築の様だった。独りで静かに訪れたらまた違った楽しみ方ができるんだろう。これは温泉、美術館、記念館、すべてに言える。文化に触れるときは独りがいい。

◆泉鏡花記念館

鏡花ファンなので楽しみにしてた記念館。一番驚いたのは手稿や書簡があったことと、その字が素晴らしく美しかった事だ。ここの館長さんは日本恋愛文学振興会の会長さん(金沢学院大学長)で今回の賞の主催者であらせられるので、是非鏡花の字の複製を販売してほしい旨、兄を通じてお願いしたく考えるものです。

◆志摩  国指定重要文化財のお茶屋さん

観光名所としてはここが一番よかった。
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という訳で、運転手という名目で旅行させてもらってありがとうございました。
しかし、何と言うか金沢というところは、やっぱり京都の真似だな。全国99%のシェアを誇る金箔というものが金沢のすべてを代弁している様に感じた。なんだろう、文学は本物なのだが、九谷焼と輪島塗と金箔にまったくもって辟易してしまったのだ。

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T漁港アトリエ殺人事件

ある日、N氏からメールが届いた。なんでも金沢市内の骨董店から、年代物の仏像を苦労して手に入れ、展示してあるから、一度見に来ないかという内容だった。古代史について造詣が深いN氏である。すぐに電話を入れた。電話に出たN氏の意気込んだ話しぶりでは、どうも飛鳥時代の稀有な仏像らしい。ただどこから聞きこんだかは知らないが、わざわざ東京から骨董商が訪ねてきて、ぜひ展示してある仏像を私に譲り受けさせてもらえないかと半ば強引な口調で、本当のところ困っているとぼやいた。話しぶりから判断して、どんな仏像なのか興味がわいてくる。私の趣味も骨董品の収集だ。いてもたってもいられず、ぜひその仏像とやらを見たくなった。

今は年金生活者の身分である。余談だが、電気製品を買おうとしたら、アンケートの欄に無職ではなく、年金生活の項目があって驚いた。実際の話、週に二回、病院で透析すること以外は何もすることがなかった。骨董店巡りで、家の倉庫にはがらくたが山のようにある。今では妻の愚痴も生活の一部になっていた。テレビ番組の「なんでも鑑定団」は欠かさず見ている。残念ながら自分には品定めする鑑定の目がないのか、人前に見せて自慢できる古物品はまだ手に入れてない。わざわざ東京からきてその仏像を欲しがっている人がいるくらいだから、N氏はかなりの目利きかもしれない。大学も美術史を専攻しているから、それなりの下地があったのだろう。電話口でのN氏の口答を思い出した。そうなるとどんな仏像なのかその仏像のことが気になりだした。一刻も早く見たいという気持ちが募ってくる。再度電話して「明日都合をつけて見に行くから」と告げた。


T漁港は日本海に面したところにあった。車で能登里山海道を利用すれば金沢から一時間ほどだ。近くにはヨットハーバーの施設などもある。休日には白い帆が波間を走る。そのほかK大社がこんもりした木立の中にあり、S町へ通じる県道沿いに大きな鳥居があって社殿の歴史と大きさを誇示している。すぐの石段を上れば姿を見せる古式ゆかしいK大社は、正月になると近郷在所からの初詣で人々の長い列が出来る。鵜を使っての一年を占う神事もニュースネタの一つだ。一見穏やかな漁村だが、冬になれば、灰色の雲が重々しく空を埋め尽くし、日本海の強い西風とともにどす黒く染まった大海が大きなうねりと白波とで厳しい現実をさらけ出し、その形容しがたい情景は人を寄せ付けない別世界を作り出す。

その丁漁港の地に旧知でもある友人のN氏が数年前、網元の倉庫を改装して多目的ホールというべき美術館に作り替えた。内装はかなり手の込んだ作りになっていて、N氏一人でこれだけのものを作るには、金銭的にもそうだが、大変な労力と情熱、加えて意に沿った仲間がいなかったらできなかったと思う。完成後はTアトリエ美術館として、いろいろな催しが行われ、時には私も招待を受けて何度か訪れた。思えば県内外の若手の芸術を目指す人たちにとって得難い創作発表の場であることは誰もが認めることだった。
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快晴だった。年代物のビートルを運転してN氏のTアトリエ美術館へと向かった。平日のせいか周りの風景ものどかで走る車の数も少ない。もうじき秋だ。羽咋のインターチェンジから左折して県道沿いに丁漁港へと向かう。そのとき後ろからサイレンを鳴らしてパトカーが二台、一気に私のビートルを追い越していく。こんな田舎で何か事件でもあったのかと思いながら先へと進んだ。ついでに断っておくが、私は推理マニアでもある。読破した推理小説も数々あるが、いろいろな迷宮入りの事件など自分なりに推理して犯人像を組み立てる。例の迷宮入りとなった「府中・三億円強奪事件」も自分なりに犯人像を推測したこともある。

そんなことを考えながら県道から脇道へとTアトリエ美術館に向かっていくと、集落の前がやたら騒々しい。近づくと先ほどのパトカーをはじめ数台の車と人がたむろしていた。どの顔もどことなく厳しい。近くの空き地にビートルを止め、人だかりへと向かった。いろいろな言葉が飛び込んでくる。もしやと危惧したことが現実に目の前にあった。どうしたことだTアトリエ美術館の前には規制するためのテープが張られ、数人の警官と地元の漁民らしい人たちがいた。何事があったんだろうと人囲の中を割り込んだ。人の気配からも怪しい雰囲気が漂ってくる。すぐにでもN氏に会いたいと思った。しかし警察官の制止で中に入ることはできない。

携帯電話をかけてみたが発信音だけで何の反応もなかった。それとなく野次馬らしき人に聞いてみた。解説的な話しぶりから、どうやらTアトリエ美術館で殺人事件があったらしいことが分かった。館の主はN氏である。もしかしてN氏の身に何かあったのでは、すぐに頭をよぎった。ただならぬ状況に悪い予感が頭をかすめ、なぜか胸騒ぎがした。ことは急だ。一刻も早く真相を知らねばと、だれかれとなく声をかけ、その結果、分かってきたことは、こともあろうに知人のN氏が何者かに殺害されたらしいということだった。

私にとっては一大事件だ。すぐに昨日の仏像について得意げに話していたN氏のことがことが思い出された。その後何人かの人たちの証言をつなぎ合わせた結果、この事件の話は、実にミステリーじみた内容だった。タイトルは「Tアトリエ美術館、密室殺人事件」というべきかもしれない。

事件の状況によるとN氏は展示室のホールであおむけになって殺害されていたという。また第一発見者は東京から商談に来ていたS骨董屋氏だとのことだった。彼はこの日の午前中、昨夜から引き続き羽咋にあるホテルから訪ねてきたが、玄関のベルを何度押しても返答がなく、愛車もあって外出した様子はない。不審に思いどうしたものかと思案したが、明日は東京でも商談があり、そのままここにとどまることはできないと判断し、半ば強引なことだが隣宅の人に立ち会ってもらい、中の様子を見ることにした。名刺を渡すと相手は漁師であると職業を告げた。それから二人で詳しく家を探ることにした。

勝手口をはじめ、あちこち見て回ったが、どこからも中へは入ることができなかった。ただホールと思わしきガラス戸のカーテンが少し開いていて中の様子がうかがえた。見た感じでも何となく異様な雰囲気が漂っているのが分かった。躊躇しながらも、後の責任は私が持つからと言って庭にあった石でガラス戸をたたき割った。二人はN氏の名前を呼びながらホールの中に入った。室内は荒らされた様子もなかったが、どうしたことか絨毯の上に無言のN氏が胸が真っ赤に染めた状態で横たわっていた。すぐに体をゆさぶり声をかけたが、無言のままで返事はなかった。

殺人事件だと直感したS骨董屋氏は、一緒に中に入った漁師に、とにかく急いで警察署に連絡したほうがいいと告げた。そのパトカーが急行しているところに私が遭遇したという次第である。さらに分かったことは、報道陣への取材に対して、S骨董屋氏が訪れたとき、海に向かって急ぎ足で立ち去る不審な人物を見たということ。またその人物は手には大きめのカバンを持っていたという話を付け加えた、ということだった。

この証言をもとに考えると、不審な人物が何らかの目的でN氏を殺害したことになるが、私をも含めて、N氏を知る人たちそれぞれが、彼は温厚な性格で人に恨まれることはないと怨恨説は否定した。さらに分かったことは展示されてあったはずの仏像が一体無くなっていたとのことだった。犯人は仏像を狙って強硬な犯行に及んだのだろうか。

その後私が注目したのは犯人が逃走したという砂浜の足跡だった。この説でいけば犯行の後、ボートか船に乗って逃走したことになるのだが、そういえば数百メートル離れた場所にはヨットハーバーもある。逃走経路を考えれば、この仮説も成り立つ。とにかく紛失した仏像はよほど価値のあるものに違いない。
秋晴れの下、私は監視の目をくぐり、犯人らしき人物の足跡をスマートフォンのカメラに収めることに成功した。家に帰り、拡大してみてみるつもりだ。ついでに無断でTアトリエ美術館の周りを見て回った。ドアは全部カギがかかっていて、中に入るにはガラス戸を割ることしか方法がなかったことも分かった。

第一発見者のS骨董氏は警察から嫌疑を受けたが、事件当日ここから走り去る人物を見たとの証言をしており、事実海に続く足跡などあることから、捜査の対象から外され、事情聴取だけで解放となった。しかし今回の場合、仏像目当ての犯罪だったとすれば、不思議なことは現場の状況に争った形跡がないことだった。翌日の朝刊社会面に、ことの顛末が詳しく報じられていた。事件に遭遇している私だが、改めて記事の内容を読み返してみた。目撃者談として昨日午後2時過ぎ、商談のため約束の時間に訪れた彼が、玄関の呼び鈴を何度押しても返答がなく、仕方がなく隣人に来てもらって、一緒に裏手に回ってみると、開け放されたカーテンの向こうにN氏が倒れていたという。その他の記事や経過については前に記述した通りなので省略するが、この事件の最も重要なポイントはN氏のコレクションの展示場に飾られていた自慢の仏像が無くなっていたことだった。

私はまだ見ていないが、関係者の話によるとかなり価値のある飛鳥時代の仏像らしく、その意味から察すると明らかに仏像をめぐってのトラブルに違いない。しかし犯人はどうやって侵入し、仏像を奪い去ったか、それだけ値のある仏像なれば、何らかのトラブルが発生していてもおかしくない。しかし現場からの証言によればN氏は抵抗したような形跡もなく、眠るような状態で殺害されていたという。後に検証した時も、私が見た時と同じで、窓やドアは全部カギがかかっていたという。つまり密室状態であったわけだ。第一発見者のS骨董屋氏も通り一遍の事情説明の後、嫌疑なしとして釈放され、その後そそくさと帰京したらしい。足跡はTアトリエ美術館から海辺へと続いて、考えてみれば明らかだが、犯人は犯行後何らかの方法で密室状態にし、海のほうに向かって逃走したことになる。これは謎だらけの「密室殺人事件」として全国紙にまでに報道された。

数日後、私は小さな書斎で立て続けに三杯目のコーヒーを飲んだ。頭もだんだんさえてくる。机の上にノートブックのパソコンがあり、画面に先ほどからにらめっこしていたのだ。画面には事件当日、スマホで写した足跡の写真を拡大してみていたのである。その結果あることに気付いた。ふつう砂地を歩くとき足先に比重がかかり、前のほうがめり込む形となるが、よく見るとこの場合かがとの方に比重がかかっている。そのことをもっと詳しく知るためにビートルで近くの海岸へと向かった。砂地の上でさっそく実験してみた。そのまま前進するときと前向きのまま後ろに下がった場合の足跡の違いを比べてみるのだ。

結果は私の推理した通りの答えだった。つまり犯人は後ろ向きのままTアトリエ美術館に向かったことになる。このことは犯行後、海に向かって逃走したように見せかけたのである。一つの謎が解けた。推理マニアの私である。これから先は私が犯人像を想定し、一つの仮説を筋書きにした。よくテレビの事件ものに最後のテロップにこの事件はフィクションですとの字幕通り、これから先は私のフィクションであると思っていただきたい。

事件前日、どうしても仏像を手に入れたい骨董屋のSは、頑として譲らないとの言葉を繰り返しているN氏に対してある計画を立てた。その日の朝早くN氏宅を訪れたSは出されたコーヒーを飲みながら交渉の話を進めていた。話は平行線のまま、用事でN氏が席を立ったとき、用意していた強烈な睡眠薬をN氏のコーヒーの中に入れた。席に戻り、何も知らないN氏は、これでこの話は終わりにしましょうと言って一気にコーヒーを飲んだ。効能はすぐ現れ、二、三度欠伸をするとそのまま睡眠状態になってしまった。ゆすってみたがピクリともしない。さっそく計画を実行に移すことにした。

まず寝ているN氏のワイシャツを脱がし、用意した胸のあたりを真っ赤に染まったワイシャツに着替えさせた。これで外から見れば殺害されたように見える。そのままN氏を横たえ、今度は硝子戸にロックのできるところに手首が入る程度に切り抜きをし、目当ての仏像を用意したカバンに入れて、硝子戸をあけて外からロックする。この状態で隣家の家に訪れ、用事で来たがN氏が不在であることを告げ、どうしても会いたいので不在かどうか調べたいから一緒に来てほしいと告げる。もちろん小さな菓子箱をつけての頼み込みだ。しぶしぶ漁師は一緒に行くことに同意してSの後に続いた。こうしてSは共通の発見者を仕立てることに成功。どこからもアトリエ内に入ることができないことを確認させ、さも今発見したように展示場ホールで誰かが倒れていると叫び、注目させる。漁師の隣人も倒れているのは顔見知りのN氏だとわかり、これは殺人だと震えた声でいいS氏の顔を見た。

れから先はSの出番だ。庭にあった手ごろな石でガラス戸を割り「すぐ警察に連絡しなければいけない、連絡をお願いします」とのSの言葉に、隣人はその場を離れ、慌てて電話を掛けに行ってしまう。また一撃で硝子戸が粉々に割れたことでロック部分の小細工は分からなくなってしまった。そのうえでカバンからナイフを取り出し、一突きで眠っているN氏を絶命させたに違いない。返り血はN氏を抱き起した時についたと釈明できる。また警察では人相のわからない人が海のほうに向かっているのを見たとの自らの証言は、足跡から立証できる。これで完全犯行は成立だ。どこにも手抜かりはないはずだ。その後Sは証拠不十分で警察から釈放され、開通した北陸新幹線の「輝」に乗り金沢を後にしたに違いない。

これが私の仮説での結論だ。遺体の解剖をしていれば睡眠剤痕跡が発見されてもいいはずだが、実際のところまだ犯人はまだ見つからない。迷宮入りともささやかれている。
後日談として紛失した仏像が、とある国の古物店の店頭に置いてあったと新聞の片隅に小さく報じられた。  



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[HIROSEのモノクロフォト・エッセイ]-1

尾小屋・郷谷川
(石川県小松市尾小屋)

人々は姿の美しい山や、ひときわ高い山に想いを巡らしてきました。

南加賀にはいくつも観音山があります。郷谷川を遡り尾小屋に向かうと、見えてくる岩肌を激しくむき出しにしている西尾観音山が見えてきます。これは石切場、古来より人は石をえるためにやってきたことが山を大きく傷つけてきた証。

弥生時代、古墳時代からこの地で人々は石を取り生きてきました。あの石橋もそうです。
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ついこないだまで、こんな光景はまるで自然破壊のように感じて目を背けたくなりました。そして、その前を流れる郷谷川は尾小屋鉱山からのカドミウムのために一時は生物が死滅したのです。

ところが、この西尾観音山には古くから三十三の観音様がおかれ人々の信仰を集めてきました。古くからこの地の人々は、自らの営みに姿を傷つけた山だからこそ、祈らずにはいられなかった想い。
この矛盾に満ちた行為こそ白山信仰なのかもしれません。だから、現在、理解されず忘れ去られているのかもしれません。

二週続けて、人々により剥き出しにされた岩肌に夕日が射すのをみました。すると、この痛々しい山が愛しくなるのです。
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そして、生物が戻ってきた郷谷川に鯉のぼり。嬉しくもなります。(広瀬清美=金沢市)

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冬眠の 船に未練や 鯉のぼり (虫人)
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港狭し 荒海避けての 初ヨット (虫人)
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1月23日(土)垣田氏のお声掛かりでスペース滝の新年会です。
夕鍋の会スタイル、2月早々NYに発つ東間章記氏も参加なので送別会にもなります。(中田虫人)
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▶虫人「小径」表紙画・随想の掲載(イージーライダー澤守氏のHP)へ


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コスモスの 恋した女性ひとに どこか似て 
(虫人)
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秋桜 伸びたる首の たおやかさ
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細くとも 心立たせや 秋ざくら
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それほどに 焦がれし細身か 秋桜
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ハチ1匹 身体丸めて あきざくら
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コスモスの 団地に住むと 同窓の女 ひと

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広き空の 独りの白や 飛行雲
(虫人)


のみの美フェスタ2015 ウルトラアート 特別公演

 ■デジタル掛け軸 vs 舞踏 作品 「神無月 新月の夜に。」
  ■日時 10/11(日)・12(月・祝日)
  *D-Kの投影時間は日没と共に~21:00(終演)
  *舞踏公演は19:00~20:00予定
  ■会場 九谷陶芸村 ビッグモニュメント 入場無料
 ■CAST 長谷川章(はせがわあきら )=デジタル掛け軸、
     藤條虫丸=舞踏 。

舞踏は虫丸さんと言って屋久島からみえる。加藤舞さんの知り合いで、名前が近くてお会いしたい方だが、能美市はやや遠い…。中田虫人(なかたむしんど)

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昔ながらの古本屋さんが減って楽しみが半減、など言うのは時代遅れ。ネットで探せばいいのだろうが、手に取って中身をペラペラという買い方が身に付いている。で看板を目にすると気になる。
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道路は金沢市の「昭和通り」と言い、JRの駅(東)正面に横たわる。

南に向かいホテル街や旧の中央郵便局、旧の女性会舘を過ぎた辺りに、これも旧の自動車店がある。その一角に間口3mほどのガラス戸を飛び出させて「古本」の看板を見るのだが(上写真右端、下写真の平屋出っ張り)、この辺りは交通量が多く駐車もままならず、通り過ぎるのみだった。
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それが横の自動車屋さん本体が古本屋に変身していて、これはもう入るしかない。整理中で、店舗スペースは段ボール積み。価格設定もゆるくお買い得感がある。事務員女性たちは本来業務が桁違い価格の自動車をあつかってたからか、要領を得ない感じで何となくおもしろい。現代(ヒュンダイ)の看板も残るので兼業か。
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さっそく、歴史書を数冊まとめ買いした。「金沢文圃閣」☎076-261-8884。虫人
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ショートショート(A short short story by Gen SAKIMORI)

 夢の続きは…

佐奇森 幻


 昨夜は奇妙な夢を見た。ま、奇妙というのか、私の肉体が夢の中で回春したともいうべきかもしれない。早い話がエッチな夢を見たというべきなのだが、この年になると人様の前で大っぴらにできる話ではない。それで回春という表現で言葉を濁したのだが、齢七十過ぎになろうとしている私自身の肉体は、老齢に加えて医師の診断で大きな手術を行い、今は見る影もないほどやせ細り、鏡で見る限り精神的にも肉体的にも昔の面影はどこにもない。だからそんな夢を見るとは思いもしなかったのである。

 定年を過ぎてから夢によく出てくるのは、あわただしく職場で仕事をしている自分とか、かつての上役とか同僚のことである。そして夢から覚めると、我に返り当時のことを振り返り感慨にふける。もちろん時には妻のことや家族のことも、古いアルバムのように現れる。
 ある書物によれば犬や猫も夢を見るとのことだが、時として荒唐無稽な夢に、脳のどこでそんなあらすじが組み立てられるのか不思議といえば不思議だ。
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 話は横道にそれたが、回春というか、エッチな夢のストオリーはこうだった。何か教室見たいな部屋の中で司会者から大勢の若者の前で生き方について講演を頼まれていた。スピーチする人が次々現れ、なかなか私の順番が来なかった。テーマを考え、何を話そうか考えていたら、突然指名されて話すことになった。何を話したかは記憶に残っていないが、たぶん仕事について熱弁をふるっていたように思う。いろいろな視線を感じながら話しているうちに一人の若い女性が私の目にとまった。今でも覚えているくらいだから、かなり個性の強い印象だったと思う。その若いミニスカートの彼女が突然私の目の前で、床に大股広げて腰をおろした。当然ショーツも丸見えである。こんなことを具体的に描く必要はないのだが、持ち前のリアリズムが、私の理性を超えて働く。ただショーツの色が何色だったか、残念ながら失念している。夢での出来事だから展開は早い。その彼女が今度は着物姿で、ドアを開け、微笑みながら私を見ている。私の願望がそうさせるのか、着物の前がはだけ、白い肌に豊かな乳房をもろに見せていた…。

 あれから半年過ぎても覚えているくらいだから、あの時の夢が強烈な印象であったことは間違いない。老いてますますという表現はあるが、私には当てはまらない。ますます増えたのは薬の量ぐらいだろう。その上で診察に行くたびに医師に言われることは、毎日規則ただしい運動をすることを日課としなさいということだった。散歩程度の運動かと思ったら、老齢者にはプール歩きがお勧めですと言われた。
 
 それからしばらくして、妻と一緒に近くにプールのあるスポーツジムに通うことになった。そのせいか日頃億劫なたちい振る舞いが気にならなくなった。少しは体力が付いてきたのだろう。以前はがりがりだった肉体も少しはふっくらとしてきたように思う。それは体重計にも表れていた。その反面、妻からよく注意されるのは、忘れ物がよくあるとのことだった。私自身自覚していることは、瞬間的に自分の行った行動を忘れてしまうことだった。認知症という病名も考え、それはどこに起因しているのか、医師に相談すればいいのだが、つい大病した時の手術を思い出し、言いそびれてしまっていた。
 
 そんなある日のことだった。いつものようにスポーツジムに行き更衣室で洋服を水着に着替えてプールに行ったときのことだった。一瞬目を疑った。水着姿の女性の中に、忘れもしない夢の中で見た彼女がいたことだった。そんな馬鹿なこんなことが現実にあるだろうかと確かめるため近づいて行った。
 そのとき私は気付かなかったが、周りからざわめきと小さな悲鳴が起きていたことを…。妻が何かを叫び、手に布切れをもって私に近づいてくる。このざわめきは何だ、みんなが私を注目している。夢の中で見た光景と同じだった。ただ違っていたのは、私が海水パンツを身につけていないことだった。



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『「おわしす」の金子健樹さん』の名をご存知なら、金沢あたりに縁のある年配の方でしょう。

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当地で草分けのタウン誌を刊行された方で、今度「花山健十」の名で単行本を出された。漫画家の田中さん宅を訪問して目にとまったので貸して頂いたが、タイトルにふさわしく健樹が「健十」となんとなく十手持ち風。

面白くて一気に読んだとは言いがたいが、お元気で仕事をされるてるようだ。装丁画は西のぼる氏、裏表紙カバーには五木玲子(五木寛之氏の奥様)さんと豪華な顔ぶれ。

d0329286_93942100.jpg月刊「旅行アサヒ」が編集方を転換し総合地方情報誌をめざした頃、金子さんは積極的な関与をし私も1ページのイラストマップを載せて頂いたが、原稿料は…でした。

当時「犀川原虫人(さいのかわら むしんど)」と名乗っていたが、写真でご覧のように正しく書かれてない。皆さん「なかた むしんど」と呼ぶので、面倒になって、犀川原はやめた。

詩誌「北国帯」の主宰者だった故・堀内助三郎氏から「犀川げんちゅうじん」と読まれた時は、目が点になった。
虫人=むしんど




(※「犀川原=さいのかわら」は賽(さい)の河原との掛け。幼な子はそこで「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため」と唄いながら石を積むが、鬼が来ては崩すという仏教説話がベースでシュール…、今では田んぼの中の虫人間。「虫」は手塚治虫からです)
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 ■あとがきに、勲章をもらった医師の批判があり”脱腸外科医”の面目躍如。
常にまっすぐものを見て来られた先生とコラボさせていただき光栄に思っています。(中田虫人)


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