[ギタリスト・垣田 堂氏のブースページ]

DoNote, 2018.5.21: 音楽の神様 


音楽の神様はいる(ある)。

いきなり、なんだか宗教色の強そうな出だしだが、近年そう思う事が多くある。
音楽の活動をするにあたっての、人との出会い、曲や作品との出会いもそうだ。
そう思えるようになって、やっとスタートを切った感がある。

今までは、言わば片想いの状態で、音楽が好きなのは当然だが、それをどう駆使するか、どう活動したいかを自問しながら過ごしてきた。
実は両想い、いや向こう(音楽)の側からも愛されなければ、良い音は出ないと気付いた。
それが、冒頭に書いた音楽の神の事だ。

考えてみれば、山の神、海の神、そこで暮らし仕事を続ける人間には、なんらかの信心が必ずある。
それを感じ、畏れてこそ、人間の苦闘が生きるのだ。
決して、怪しげな商売のような意味の信心ではない。
天気や災厄、およそこの世で起こる全てがそんな作用で動いているように思えてくる。

ある伝統芸能の名人が遺した言葉が、とても良く言い表わしている。

やっと下手になった」。

つまり、本当の芸に気がつくまでは、下手のまだ下、海のものとも山のものとも判別つかない程度のレベルなのだと。

海のもの、山のもの、音楽家、建築家、サラリーマンも含めよう、何の仕事、行動でも、あちら側からも意識されないと、本物ではないのだ。
そして、それに気付く、確信を持てる日が来たら、そこがスタートだ。

恐らく、本当の名人は皆そう言うだろう。それも直感している。
そして、そこに疑問を抱くうちは、まだまだ修行(言い方が怪しい)の序のうちなのだ。
直感を忘れた人や、根拠ばかり求める世の中とは相容れない発想、もとい考えかもしれないが、仕事を追い求めていく人間が突き詰めるポイントは、そんな世界にしかないのだと、強く思う。

最後に、僕は四十にして惑ってばかりなので、明日には変わっている可能性もある思想だと、ぜひ断りを入れたい。
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追記
塗装の硬化を待つため弾かずにいた、新しい楽器(ギター)「鳥の歌」。
目の前にしながら苦悶する毎日は終わった。
まずは、寝かした分の鳴りを取り戻している。

【垣田 堂 オフィシャル・サイト】
http://do-kakita.cu-tablet.com/


【ラジオ】
「ギタリスト 垣田 堂のカキタイムズ」エフエムとなみ(76.9MHz)にて
■本放送:毎月第1、第3火曜日19:00~19:30
□再放送:各・同週の水曜日13:30〜と土曜日14:30〜
☆インターネットラジオが便利です。エフエムとなみのホームページにて。
http://www.fmtonami.jp

 垣田 堂:
 ギタリスト。
 1978年、アメリカ・ニュージャージー州生。金沢市在住。
 ニューヨーク、スペイン・バルセロナでの演奏活動を経て、現在は北陸を拠点にする。
 美術館、ギャラリー、寺、プラネタリウムでのソロ演奏のほか、舞踊、朗読、ライブペインティングなど、他分野のアーティストとの共演も行う。


スペース滝
925-0005 石県羽咋市滝町レ99-88 TEL&FAX 0767-23-4401
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[田中雅紀氏の連載マンガ]
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  続・空蝉うつせみ 

d0329286_08245576.jpg5月16日 
 以前にも書きましたが、我が家の裏庭のサンゴジュの葉っぱにセミの抜け殻がとまっています。

 昨年の9月ごろ、最初に気付いたときには10個ほどだったのが、12月には4~5個に減りました。そして年を越し、今日5月16日現在は1個に。85センチの大雪や雨風にも耐え抜いた、ド根性空蝉です。

 このまま頑張れば8月で1年間になり、ギネスに載せて欲しいほど。ただ空蝉がいくら頑張っても、サンゴジュの葉っぱの方が保つかどうか。今は古い葉を落とし、若葉に代わる季節です。

空蝉のイラストを描くためにネット検索をしたら、セミの抜け殻を5個530円で売っていて、なんだか笑ってしまいました。
たびたびセミの話でセミマセン。

 田中雅紀      




[虫人の蛇足コメント]
 画家の森本紀久子さんの画集(スペース滝蔵)の表紙は垂れ下がったピンクの布に蝉の殻が沢山とまっている写真で、大きな作品の部分だと思います。
 神戸の震災時、アトリエのある宝塚市も揺れ、保存していた大量の抜け殻が小屋の倒壊で散乱「恥ずかしかったあ」そう。高級住宅街でしょうか、制作素材と知る人もなく、という口ぶりでした。一匹100円なら大した金額、いかにして集めたんでしょうね、聞き漏らしました。


スペース滝
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5、6月の配色 
フジの花が見頃


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5月15日
 スペース滝では夏の展覧会と音楽会にむけて下準備が着々と進行中。私個人は歯科医と神経痛癒しの床鍋鉱泉通いのほか、近くの羽咋市の運動公園に出かけて散歩を心がけてます。

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d0329286_14501894.jpg寺家町山手のここの公園ではアヤメ(ショウブ?)の紫が鮮やかですが、眼前に桐の花が落ちて来て「そうだこれも紫だった…」と思い出しました。



 現代美術家の角永和夫氏の実家は鶴来町の材木商で、工場に沿って桐が植わっていました。私の母の実家が近くで、桐の花の香りとあの町が一つになって子供心に刻まれています。
 常設展示してあった氏のビー玉作品を先日返却しました。あいにくの雨の日で花見どころではありませんで、獅子吼高原下の「もく遊りん」で手伝っていただいたボランティアさんとピザで食事。店長をしていた高田さんは定年退職され、6月に別店舗を近くで新規開業すべく目下準備中とのことでした。私がメンバーだった金沢の草分けサンバチーム「カシーキ・ベバード」の主催者でした。

紫色は使い方が難しい。


 反射光色(絵の具の色など)では、青+赤⇒紫、ですが、青赤ともに明度が低く、混合色では黒に近づいて彩度も落ちる。白を混ぜれば明るくなるがより濁る。マンセルの色立体では補色(反対色)が黄色を含む黄緑寄りなので、これを相手色に使うとどぎつい配色になってしまう。
 オストワルドや日本色研では色環がややずれて補色が黄緑〜緑になる。多分これの方が自然な配色なのでしょう。スイートピーのようなバタ臭い花物でなければ、多くは新緑のころには紫色の花を咲かせるようです。四月が桜色なら、5月6月は”ムラサキ”が咲くわけです。



 以下、能登の里山(富山県側のも)で出合った藤の花、ダム湖は所司原です。山の自生ものは写真よりも実際には青味が濃いです。余談ですが、こどもの絵に紫が主なら病的な兆候だといいます。紫は高貴な色で、お色気はピンクというのは日本人で、米国では紫色がお色気だそうです。  中田むしんど
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”天使”ステファニーの結婚 

ステファニィー・トリック、に思う
Stephanie Trick

5月8日
 つぶやきます。個人的な感想なので、お聞き流しのほどを。

 私はピアノが少し弾けますけど好きなだけの素人で、まともな曲は一つも弾けません。中学時代に教師から基礎と楽典知識は習いました。ビートルズがレコードデビューする5年も前のことで、アメリカでは私と3歳ほど年上でカナダ出身のポール・アンカの「ダイアナ」がヒットしたころです。後の「黒い花びら」も私の心をとらえた曲ですが、いずれも構成コンセプトが単純明瞭で、言いたいことがはっきり伝わる曲。前者は低音から高音へと徐々に感情を盛り上げていき終焉、後者はピアノの三連音符に乗せた短調の曲で、やはり下から昇って絶叫して落とす。非常に分かりやすい。これはクラシックの音楽理論にも合致する基本的な構成でしょうね。

 ところで、純なアメリカン・スタイルというのはこれとはどこかが基本的に違う。西部劇のバック音楽やラグタイムは大好きで気になってたけれど、音楽的仕組みが分からず未練が残ったままでした。ジャズピアノを教えるピアノ教室なんかありませんでしたから。今はネット動画で親切に教えてる。そこで、この年齢になってアメリカン・クラシックスタイルにはまり一月以上たちました。簡単に身に付かないけど、充実感があってとても楽しい。
 
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 中でもスティファニー(Stephanie Trick)という若い女性の演奏がいいです。速く弾く、上手く弾くなど別の魅力あるベテランも当然いるのですが、彼女の演奏は美しい。インタビュー画像では、親に職業バンドがあって、自身はクラシックピアノをやってから転向したらしい。初期、10年近い前の動画演奏ではゆとりの無い真剣な表情で、弾き終えての拍手に応える笑顔が童顔で私も嬉しくなるのですが、演奏内容からは原曲の持つ狙い以上に洗練された品を感じます。彼女の感性が自然にそうさせるのでしょう。
 
 ネットのコメントでは「天使だ!」「幸せです。ありがとう!」と書いてるものもあって、CDの売り場の案内をし少女らしいはにかみで笑いを誘うあたり、スペース滝に出入りする若者たち(この夏は『灰かぶりworks』=シンデレラと名づけた展覧会を行う予定)と同じラインに居る感じの若い女性の一人です。「古い音楽だ」「しゃべりすぎ」と批判的に書いたものもありますが、TVショーに出たあたりから、彼女は成功者になったのでしょう。有名先達との共演も増え、演奏舞台がテント内からホールへと時間経過するのもyoutubeで分かります。イタリア人ピアニストと最近結婚したので「彼女を射止めた彼は幸せなやつだ」というのもあります。才能があれば、ネット社会は放っておかない、それが現代だと思います。
 

 日本のお茶の間TVでは、卓球の”泣き虫・愛ちゃん”がオリンピックから結婚までのシーンを家族同様の間近さで心惹きつけましたけれど、スティファニーはネット時代の音楽”愛ちゃん”の成功姿に重なります。「成功」とはどうなることか?という問いは残りますが、彼女は今様の”シンデレラ物語”とみられているらしいコメントも読み取れます。
 
 長かった髪を切り、化粧し、スパンコールをキラキラさせたドレスアップですっかり大人になったステファニーは、音楽もまた変わりました。アメリカン英語の持つストレス・アクセントそのままがピアノに乗り移ったようなテンポを軸に、ピアノ音の目新しい弾き方を”開拓”することに腐心して来た彼の国の伝統ピアノ曲が、彼女の結婚で、すっかりイタリアン・クラシック・ピアノ風と合体し、別の何かになりました。
 
ともあれ夫と二人で大ホールの大きな拍手に迎えられた今のスティファニーはきっと幸せに違いありません。異なる文明がぶつかる時、新しい文化が創造されるといいます。「彼女の演奏は結婚でスケールアッップした」というコメントもあります。そうなのかも知れませんしそうあるべきとは思いますが、私は昔の彼女が好きなのです。ピュアーな魂が鍵盤と一体になった切れのいい繊細さは、当時のアメリカン・ピアノスタイルとぴったりで、しかもその音楽性を彼女流に洗練させたと思います。
 
ヨーロッパはアメリカにない伝統の重さを背負っていて今日の音楽の基礎的部分を担っているけれど、それはまた時の流れにさからうベクトルとして負の働きもします。若い人たちにとって伝統の押しつけはうっとうしい。かといって若さは粗あらしさを伴うのが常で、変革のエネルギーがどこでも賞賛をもって迎えられる訳ではありません。その点、ステファニーは古いアメリカンスタイルを若い感性で蘇らせただけの再現者に過ぎず、何も新しくなかったかもしれませんが、新しい何かを吹き込んだように新鮮に感ずるのは確かだし、不思議な所でしょう。
 

 しかし、夫とともにやろうとしている現在のスタイルが真に現代人の心を捉えるものかは私には疑問です。 夫・Alderighiのらしい編曲と共演スタイルにはあまり新鮮味を感じません。一種の安定感と完成されたセンスはありましょうが、生き生きした躍動感が伝わってきません。だからどうなの?という感想。
 昔のステファニーに期待していたものを失なって私は寂しいけれど、今も削除されずに過去の演奏が公開されているのは「ありがとう!」です。同様の事情は、造形美術の世界、なかんずく日本のような伝統ある土壌でも起きがちでしょうが、現代を生きる生き生きした若々しい感性とピュアーな心だけは老いても持ち続けたいと思いますね。 中田むしんど
興味あればコピペでどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=NilIxoszh5M
https://www.youtube.com/watch?v=rvTYiXChgqs

スペース滝
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