(9)1マンガ家の履歴

[田中雅紀氏のブースページ] 田中雅紀.自伝

1マンガ家の歴史

自分の作品の履歴を書くにあたり、押し入れから昔の掲載誌をひっぱり出し、何十年ぶりかで全部読み返した。
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短編約70本。単行本4冊。これが、田中雅紀(まさき)の全作品。

ホームランはなく、ヒットが数本。マンガの稿料だけで生活できるほど収入があったのは、デビューから25年の間に5~6年というところ。第一線で長く活躍するということは至難の業なのだ。

次々と若い才能が後ろから追い越してゆく。新陳代謝が早い。この代謝の速さと、すそ野の広さが、いまの日本が世界に誇る「MANGA」を支えている。私は大したマンガ家ではなかったけど、すそ野の1人としてマンガ界に何かの役にたったかもしれない。そう思えば少しは満足できる。

このブログの主、中田虫人氏に勧められて、70年代マンガが一番元気だった頃の1マンガ家の歴史を紹介させてもらいました。これを読んだ方々が興味を持ってもらえたかどうかは別にして、私はけっこう自慢話もできたので楽しかった。中田さんありがとう!!

ストーリーマンガの田中雅紀は40歳半ばで力つきるのだが、この後田中雅紀(まさのり)は「花丸ゆう」というペンネームで4コマ漫画を描き始める。この話は、おまけで次回に。(田中雅紀)


[虫人の蛇足コメント]

「おまけで次回もう1度だけ」と締めた投稿でしたが「おまけで次回に」と私が勝手に直しました。

ここで田中さんに退かれても”スペ滝の主”は困るのです。一線から退いても田中雅紀氏自身は健在ですから、当ブログには何らかの形で居座っていてほしい。

私は身障の3級になって3年。心臓バイパスのあとの腹膜炎で腹中にメッシュを入れたためです。5月の「小品展」はどうにか終えましたが準備を含め2ヶ月は長くて結構しんどかった。ボランティアさんたちのおかげで成功のうちに終わり、順調に後片付けしてるところです。

d0329286_18225462.jpgところで田中さんは私より重い身障者で、松葉杖を放せない。仕事ぶりを拝見すると、ペンを拳の内に握り、短刀でも持つかのような具合なので筆圧が強くなる。で、細い線は紙の端っこを左手の中指の第二関節あたりに挟んで机上から宙に浮かせて描かれる。曲芸みたいだが、それで私より随分と絵がうまい!

子供のころから、関節の骨があちこちで癒着する病気だった。病院や施設の中で成長されたが、本文から汲み取れるけど、謙虚で、身障のことで不平や恨み節を聞いたことがない。年齢は私より1つ若く、出品者の挿絵画家・西のぼる氏などとも似た同世代で、尊敬と誇りの友人たちです。

だから、まだまだ何かやっていてほしいのです。このブースを使って連載マンガを、なんて夢見てますが…皆さん、どう思います?
(虫人)
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スペース滝
925-0005 石県羽咋市滝町レ99-88 TEL&FAX 0767-23-4401
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by spaceTAKI | 2013-06-05 18:12 |  田中雅紀(花丸ゆう)自伝 | Comments(0)