あねくら姫の神いくさ

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あねくらひめ神社


「神いくさ」を知ったのは、富山県のJR呉羽(くれは)近くの姉倉比売(あねくらひめ)神社からでした。富山県で最も古い神社のひとつです。
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案内板には大若子命(おおわくこのみこと)※1や阿彦(あひこ)の名前がありますが、これは”姉倉比売事件(神いくさ)”から後の継続歴史の部分です。
案内板には「神戦(かみいくさ)」に触れてませんが、江戸時代・富山藩の物書役の書物の中で、彼女や伊須流伎彦(いするぎひこ)の「神いくさ」の話があり、これは、看板内容にひとつ先立つ昔の出来事になります。

※1:看板には「大若子命」とありますが「」は誤植。虫人
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呉羽(くれは)という地


呉羽は紡績業で知られた所でした。衰退後は工場跡が現代美術のイベント会場にも使用され、川上セシルさんや右沢康之氏などの知り合いアーティストの作品を観に金沢から出かけたこともありました。

呉羽丘陵は、大きな中央の平野を二分するように突き出ており、富山県を左右に分けて呉西と呉東と地理的に分岐するになります。呉西は高岡市、呉東は富山市が中心地です。


縄文前期から人々が集う地だった
 
駅の裏には小竹貝塚遺跡があって、ここから縄文初期の人骨91体が一度に発掘されています。一カ所でそれまでの全国同期人骨の総数を超えた発見。この大ニュースにひかれてここを訪れたところ、駅前すぐ目前の森が姉倉比賣神社境内の社叢でした。
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神戦 (かみいくさ)


 「神戦(かみいくさ)」があったのは古墳時代前か頭の3-4世紀ころかと推察されるのですが定かではありません。姉倉比賣の兵が能登姫の兵と戦った。地理的、また情的に間に居た伊須流伎彦(いするぎひこ=姉倉比賣の)を挟んだ三角関係の女の戦い。遠く出雲から大国主の軍勢が仲裁として割って入った結果、伊須流伎彦もやられて、漁夫の利的に大国主がこの辺りを全て牛耳ってしまった、というもの。

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分かり易い戦争のようで、実はよく分からない…。
 ①大国主とはだれなのか。なんで、どう入り込んで来たのか。
 ②能登姫とは誰なのか。能登の邑知平野にある女神を祀る神社のどれと関係するのか。
 ③大国主は、能登姫と伊須流伎彦を殺したのに、伊須流伎彦の妻の姉倉比賣だけを助けて呉羽の地に住まわせた(姉倉比賣神社)。どうして?
 ④伊須流伎彦とはそもそも何者?

ま、はやい話、この神話では分からない事だらけ。でも大国主がらみで大きな戦争があったことは史実のようです。そこで、私風に解釈を試みたいと思うのですが、確とした裏付けは難しく、浅薄な我が知識を総動員して何とか形にしようというわけです。ただの空白よりはましな気がするし、美術用語でいう空白恐怖から逃れられそうというわけです。調べていくと色々見えて来るものもありましたので、おいおい報告していきたく思います。

今回はここまででござりまする。(中田虫人むしんど)

▶寺家はむずかしい-5「イスルギ彦ふたたび」へ

[写真]
 ■タイトルバックの紅葉は、富山市の南、船倉地区寺家公園内にある姉倉比賣(あねくらひめ)神社。
 ■鳥居はJR呉羽駅前のの姉倉比賣神社で、観光協会の案内版と、街を見下ろす境内にある案内碑文。
 ■今年の大きな縄文ニュースの地となったJR駅裏、北陸新幹線沿いの小竹貝塚の写真も3点。



スペース滝
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by spacetaki | 2014-11-19 21:09 | ☆歴史/能登.羽咋語源 | Comments(0)