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とんとむかし5-江戸時代と同じ 

田中雅紀の「とんとむかし」第5回・幼年期

Toilet

ぽっとんして覗けば


 前に「水道とガスが使えない暮らしは江戸時代と同じ」と書いたが、ぼくが子どものころのトイレも江戸時代だった。トイレと言うより、便所とか厠(かわや)なのだが。

 羽咋の実家の便所は玄関の右がわにあった。小便所と大便所に別れていたが、小便所はコンクリートの床に穴を空けただけのもので、大便所は一段高くなった板敷きの小部屋。履物を脱いで上へ上がり引き戸を閉めると個室になる。部屋の真ん中に長方形の穴が切ってあり、穴を跨いで用をたす。いわゆるボットん便所だ。

 終戦からまだ3~4年、お金も物もない時代で便所専用の紙などなかった。古新聞を切ったものが箱に入れてあり、それを手でもんで使ったり、芋の葉やフキの葉などを数日干して少ししんなりさせてから使ったりした。ボットんしてから下を覗くと、汲み取り口の隙間から差し込む明かりで新聞の見出しが読めた。
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究極の有機農法?


 こうして便所の穴ぞこに溜まった糞便は、今ならバキュームカーが取っていってくれるがこの時代は畑の肥料になった。長い柄杓(ひしゃく)を汲みとり口から差し込み糞便をすくい取り肥桶に入れる。桶は2つ。それを天秤棒の左右に吊り下げて畑まで運ぶ。畑のそばには肥溜めの穴が掘ってあり、そこへ一時溜めておく。日をおくことで腐り(醗酵か)良い肥料になる。肥溜めは直径1メートルほどの穴。子どもが遊んでいてうっかり落ちるという悲惨な話はよく笑い話になった。

 口から入り下から出て、それで野菜を育ててまた口に入れる。江戸時代どころかもっと昔から永々と続けられてきた究極のオーガニック農業だ。農薬を使用せず、自然に優しい理想的な農業。だが欠点もあった。その一つ、肥桶を畑まで運ぶ労力が大変。父が運んでいたのを見た覚えがあるが力も技もいるようだった。天秤棒の左右に肥桶をぶら下げて歩くには腰でうまくバランスをとって桶が揺れないようにしなければならない。桶が揺れて中のものが跳ねたりすると、足にかかったり道路にこぼすことに。

たった70年の”とんとむかし”


 もっと大変なのは人の体内に寄生する回虫の問題。回虫は人の小腸内に寄生して宿主の養分を奪って生きるイヤなやつ。白いミミズのような体型で、大きなものは20~35cmにもなる。多くの卵を産み、卵は糞便から野菜に移り、食物連鎖で再び人の口に。現在は糞便を肥料にすることはないので回虫は撲滅されたが、ぼくが子どものころは腹に回虫を持った人は沢山いた。ある時、地域に回虫が流行ったためか回虫を駆除する薬「虫下し」が校下か役場からか各家に配られた。ぼくも飲んだ。効き目は翌日に現れ、トイレへ駆け込んだ。うどんのようなそれがツルツルと肛門から落ちた。3~4匹はいたと思う。ぼくの顔は青くなっていたはずだ。

 その後日本の農業は化学肥料の時代に入ったが、やがて農薬の人への健康被害や自然への悪影響が反省され、有機農業に帰ろうという運動に。でも新しい有機農業は人糞を使わないので、ヒトカイチュウは日本からほぼ絶滅した。ボットン便所を現在のシャーワートイレのあるトイレと比べたら夢のようだ。ぼくには、たった、70年ほどの昔の話なのだが。

田中雅紀(漫画家・金沢市)

  第5回了

スペース滝
925-0005 石県羽咋市滝町レ99-88 
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