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ねぶた、を一基買ってしまった。
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ミニサイズだが120cmwあって、日本のバブル期以前に作られた古いものかも知れないです。「津軽ねぶた工房」は健在のようで、今も作られているのでしょう。
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きのう古物店で見つけた衝動買いで、傷みはひどいが明かり映えします。
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中の40Wの電灯6個をLEDに換えましたが、25Wの豆球2個はそのままなので、消費電力は100W/h。
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富山県福野町で行われた垣田堂氏のギター演奏会場ヘリオス(写真)に常設されている「夜高祭・行燈」(当ブログで既に紹介)を見ていなければ、また渋谷利雄氏の新カレンダーが能登飯田の「とろやまキリコ」でなければ買わなかったでしょうね。
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棟方志功作品は青森のねぶた由来の画風だと言われますが、福井県には梶尾正治という、竹の骨組みに柿渋を薄く塗った和紙を貼る抽象彫刻で知られた現代美術家がいました。地味で落ち着いた味わいはヘリオスで展示やコレクションのある「菅創吉」と似ています。

会期中の小林学芸員の解説で、菅がNYにいた頃、欧米は鈴木大拙の”禅ブーム”という幸運に恵まれた、とありましたが、色味のない抑制の利いた画風は生き生きしたエスプリには乏しい感じで、画面中央に静止した物が一個描かれる構図は絵画的というより彫刻的で、事実オブジェ風抽象彫刻も並んでいました。


かように書いたり、ねぶたを買った動機には実は次の理由がつきそうです。
昔の金沢美大「1、2年生出品禁止」を破り、私が匿名で初めて作品を世に問うたのは京都アンデパンダンに出した立体作品で、1964年です。模型飛行機の羽様オブジェを2枚を向かい合わせに立てた180cmhのもので、木製のリブに白ビニールを張ったカーブを見せる作品でした。(※註)

つまり、私も精神的根底では似た美意識が流れているんだろうなあ、という今更ながらの共感のせいなのです。西洋美術をやりながら、どこかで伝統の日本美術をやってるんでしょうねえ…あ、そう、最新作の「水影」もまさに(意識して)そうなのでありますです。虫人

(※註)
当時注目の男性作家が虹のグラディーションに塗った長い帯状の板を猿のように天井を伝ってセットしてまして「アイオウだ!」と皆が見上げてました。私はトップ評論家今泉氏から直接貴重な助言を受けましたが、若い女性が、新しい美術批評の一角を担っていた瀬木信一氏から「丸こい物が描いてあるだけだ!」と厳しい指摘を受けてました。彼はその後「アパシイの批評の確立」という論文を美術誌に発表し、一線から身をひきます。

今に至る日本の”現代”美術の二重構造が始まる時期で、私は金美の卒業時もろに渦中に巻き込まれるのですが、それはまたの機会に。虫人


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福野・神明社「夜高祭」の行燈(あんどん)

富山県南砺市福野、神明社の5月1日2日の祭りで、神社は江戸時代初期の創建。

阿曽三右衛門が野尻野に新しい町を立てたいと願い出、64軒の家並みとなったが、大火で全戸が消失。2名が伊勢神宮からの分霊をいただいた帰り、県境の倶利伽藍峠で日が暮れ、人々は手提げ行燈(あんどん)を手作りし迎えに出た。それに意匠を加えた夜高行燈を御神燈として町内を練る、のが起源という。
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季節はずれのお祭り紹介になりましたが、同町のヘリオスで「菅創吉展」を見、ロビーに山車が展示されていたので紹介します。

イスルギ彦がらみで、能登姫の「杣山」に触れたおり、能登二宮(天日陰比咩神社)の主神「屋舩久久能智命(やふねくくのちのみこと)」の「久久(くく)す」は今の動詞「くくる、縛る」のことで、意味は"木こりの神"だと当ブログで書きました。
写真の山車の”くくす”を見て、縄文以来の日本の伝統美と技にあらためて感動を覚えます。夜高祭はここをぶつけて倒したり、行燈(あんどん)部分を壊すこともある”けんか祭”です。

行燈(あんどん)は青森のねぶた似のデザインに見えますが、古い写真を見ると、この部分が能登飯田の「燈籠山(とろやま)キリコ」に似ているので、写真家の渋谷さんのカレンダーを改めて載せます。能登と越中は同じ加賀藩ですから影響はしたでしょうし、北前船は海から青森の”ねぶた文化”も運んだことでしょう。
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↑(上)高夜祭の行燈山車、↓(下)能登の燈籠山キリコ
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寺家新屋敷(じけあらやしき)」交差点が、美術館のあるヘリオスと隣接していますが、ここは冒頭にあるように江戸の始めと新しい。福野の「寺家」も奈良、平安期なので、寺家という地名を全て大国主の古代にのみ関連さすのは問題がありでしょう…。虫人
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ギターの服部さんが、忘年会に持って来られ好評だったのが「赤飯まんじゅう」。
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羽咋市の昔の中心商店街にあり、今もがんばってるお店の一つ「あさお樹庵・菓子店」が唯一製造してるという。餡(あん)に代かえて赤飯が入っている。金沢や長野県などにも同菓はあるようですが、あっさりした甘さは、上に乗った栗が効いて上品。現代人好みかも。
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HPもあり、新聞、TVでも度々取り上げられている意欲ある経営をされている店。

当店舗がすでにこのブログ上で写真に写り込んでいました。これがそれで、左端に建物と看板が見えます。前の一画が火事でなくなり、私がマジックテープの縫製を頼んだお店は向かい側で品物ごと焼失。今も広場状態。
 ▷ [焼失]へ
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大伴家持(おおとものやかもち)が「寺家」の「氣太神宮」を訪れた748年、羽咋の海を詠った万葉集の一首がその包装紙にありました。
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万葉集はすべて漢字表記で、早いうちに読み方も不明となり、元本も存在せず、今知られる物は後世の写本や解釈なので、この筆も誰ぞの書家に依頼されたものでしょうね。
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「万葉集

氣太乃神宮(※1)にニ赴き参り海辺を行きし時作れる歌一首

  之乎路から 多多越え来礼ハ 羽咋乃海 朝奈記之太り 舩楫もか母
 (しおぢから ただこえくれば はくひのうみ あさなぎしたり ふねかぢもがも)


大伴家持」


訳:志雄路からまっすぐ越えてくれば羽咋の(※2)は朝凪ぎしている。船の舵取りがおれば(陸行しなくて)いいのに…。

(※1) 文献では「氣太神宮」と書いていて、「けたのかむみや」と読ませています。寺家遺跡(国道とのと里山海道交差地辺)にあった宮。
(参考:韓語読みでは「きでじんぐ」)
(※2) 文献では「波久比能海」(※3)で、邑知潟のことか”日本海”かは不明。潟を大きく迂回して神宮まで行ったとして、海岸か潟岸かで2説に分かれています。

でなく、私は結局途中からでも舟で行ったとも思うんです。歩行組の家来たちは村々を威圧行脚したかもしれないですが、歌を詠む気になったのは、家来が舟の持ち主を探し出す待ち時間の気持ちともとれるので。

また短距離の海岸コースを行けば、潟から海への河口(多分橋はないが浅いか)を渡らねばならない。大伴氏は武人だが身分は高く、実際の仕事(出挙すいこ=利子”徴税”)は家来たちがやったでしょう。舟は隠したらしく、見つからなかったかな…。ま、どの説でもいいのですが。

(※3)「(ひ)」:
アイヌ語では[ひ=い]で、[ひ]と[い]の区別はない。 ( [-i、hi]は動詞、形容詞に付き「-所」の意味)。
和・古語では[ひ・び・ぴ] ≠ [い、-い]。ひ、い、は違う語。

(はくひ);
咋らふ=食らふ、を仮に"くふ"読んだ場合の(四段活用)連用形は「咋(=食ひ)。大和以降ですが(平安以降は加えて「く」「く」)とも。ただし現代語の「食」はない。つまり昔は「はく 」発音だったが、アイヌ語でこそ「 はくが可なのです。古くから、久比を「くい」とも読み、のち2漢字表記改名(713年)のおり『羽咋=はくい』と改めたとすれば、これは『羽咋が大和言葉でなくアイヌ語由来の”水田”の意味』説の補強文献になります。(家持の歌は2漢字改名後ですが、三文字表記は当時の地元発音に従ったものと思われます)
※[=サク、かむ、くらう、おおごえ(『字統』白川静・平凡社)]で、「くう」はない。
(中田虫人)

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忘年会もたけなわ。時を見計らって、私はギターの垣田堂氏にやや強引に演奏をお願いしました。

備え付けのギターを手に何やら相談があって”垣田流”の即興演奏が始まったのですが、同席の舞踏家・いわいまつりさんこと加藤舞さんがこれも即興でこの踊りにくそうなギターにあわせて見事に舞踏を演じてくれました。

写真は奥の部屋窓で逆さに吊りをし、ドタット床に落ちる処。皆さんのカメラが一斉に動きます。
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初めて来館された”ピンキー”さんと名乗る女性、英語と独語が出来、ヨーロッパ暮らしを引き上げて新たな道を探っておられる様子でした。
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陶彫の金さんご夫妻は初参加。お手製のキムチが好評であっと言う間のうり切れ。服部氏のギター伴奏でアリランなどを歌って頂きました。

垣田氏や舞さん画家の野中氏も来年は期すことがありそうで、ことは移り変わり行くのでしょう…。文字どおり年忘れをし、来る年にそれぞれの新たな” ”をつなげられればいいな、と思います。虫人

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[田中雅紀氏の連載マンガ]
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[ 年賀状 ]


毎年70枚ほどの年賀状を私は書く。宛先は友人や親戚など。宛名書きはパソコンの年賀状ソフトを使うが、裏面のイラストやデザインは自分でやる。

今年は11月に母の喪中ハガキを出した。だから年賀状を出さなくていいのですごく楽。喜んだら母には悪いけど。それで改めて思ったのは、 毎年恒例の年賀状書きがいかに負担になっていたかだった。そんなに負担ならやめれば良いと思うのだが、それがなかなかできない。そのなかなかできない「年賀状やめます」の賀状を過去2度もらったことがある。お2人とも元漫画誌の編集者で、退社後も年賀状だけは続いていた方。1人の方は「年賀状はやめますがこれからもお付き合いよろしくお願いします」と書いてあったが、その頃は年賀状だけの付き合いだったので、以後縁が切れた。
「年賀状をやめます」のハガキをもらっても私は不快にはならなかった。ただその方の思い切りのよさが羨ましかった。

多くの人が年賀状がなくなれば良い、と願っていると思う。だがやめられない。私は印刷物の年賀状に申し訳のように一言「お元気ですか?」「ご無沙汰しています」などと書き添えているが、それさえもない年賀状が何通か届く。それは何10年か前に友達だった人や、どういう繋がりかよく解らない親戚だったりで、年賀状をやめても何の差し障りもない人だ。それでもやめられない。なぜ?
以前東京に住む親戚と話をしていて、「お歳暮、お互いにやめようか」との話題になったが、彼は「それをなくしたら親戚でなくなるんじゃないか?」と言った。そうかも知れない。人との付き合いは面倒くさい。その面倒くささが人との付き合いで、それを全部やめることは出来ないはず。

年賀状に一言の書き添えがなくても、もらうだけでまだ生きていることが分かる。誰もが負担に思いながら年賀状をやめられないのは、その繋がりを無くしたくないのだろう。私もまた来年は年賀状を出すはずだ。

みなさま、よいお年をお迎へください!!
 
田中 雅紀     
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ギターの垣田さんが美術館で現代美術を解説する、のではありません。

菅創吉を語るのは多摩美の学芸員さんで、垣田さんは現代美術に関心がある方ですが、”垣田のNY”と音楽を語ることになりそう


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今回のギターは主催者が”垣田流”(=ブルースと即興演奏)をのびのびやらせて頂く機会をつくってくださった、と言っておられました。

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ヘリオスは2,3度行ったことがあります。なかなか立派な建物で、文化複合施設。福野はスペース滝に油絵のコレクションもある虫人と同窓生画家の粟津尚子(たかこ)さんの故郷です。駅の南には「寺家、寺家新屋敷」地名がのこる興味深いところ。

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菅創吉と言う美術家は今回知りましたが、富山県は100年以上前に林忠正というすごい美術関係者を出してます。パリで浮世絵を世界に売り広めたスケールの大きい歴史的な画商です。

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以上、パンフの転載をさせて頂きました。虫人


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週末でも、真冬でしょう? こんな日に高校生は練習ですか。
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試合が間近にせまってるとか?
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あらっ〜?!…風は強いし波もあるし。
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冷たそう…。さすが、すぐ立て直しました。舟底のヒレに体重をかけて起こすところで浅瀬に見えますが、ここの水深は4mはあります。虫人
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珍しいお客様が見えた。
屋久島にお住まいの、舞踏家・藤條虫丸 (ふじえだ むしまる) さん。
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お会いするのは二度目です。当館で舞踏を披露された加藤舞さん(写真の女性)の師匠でして、南加賀の”九谷焼の里”で彼女や虫丸さんたちの雨の中の野外公演を見、写真をとらせて頂きました。
「昔からの知り合いのようにポーズを」
とお願いしたので、当ブログの「虫丸さんに会えた」をご覧になられた方は親しい仲と思われたでしょうが、立ち話程度。もう会うこともあるまい…と思っていた方です。屋久島ですからねえ…遠い。

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上海、韓国、大阪と公演をし、能登の珠洲市の友人に会いに行く途中で、長居のゆとりはありませんでしたが「ここでも公演したい」と言い置いてたたれました。

お酒が強そうで、名前の由来はカフカの小説の冒頭から採ったとのこと。やや違うタイプの”ひげ虫”のようですが、思いがけないうれしい再会でした。
(写真こわもては自動シャッターで緊張の一瞬です)。虫人

▷[虫丸さんに会えた]へ

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カレンダー『2017祭りの国・キリコの祈り「能登」』 ¥1500.-(送料は別)

渋谷利雄(しぶやとしお)写真事務所 TEL&FAX;0767-22-1082 
へ直接お申し込みください。

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今回のカレンダー作成はいろんな意味で一区切りだそう。次年のテーマは未定。キリコや、奉灯と言われる能登特有の山車を主題にした写真シリーズの最後になるという。

今回の表紙は珠洲市飯田のもので山車の屋根上に飾られた灯籠山(とろやま)キリコは数年間途絶えていたものを復活させたもの。青森のねぶた同様中に明かりが入る。渋谷さんはキリコを形態で分類した表を添えています。
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 私は「能登のアイヌ語源」、カレンダー持参の渋谷さんは「キリコ」につて、こたつを挟んでのおしゃべりを楽しんで先ほど帰られたのですが、当ブログの「ダラはヘンです」の中で、私が記載してた疑問が会話中に突然解決しました。意外な展開でした。

アホ、バカの方言である「ダラ」が、どうして九州の南部・宮崎県あたりに飛び火したか、です。渋谷さんの話では能登門前町にある「総持寺(昔は門前町が本山)」の貫首は輪番制で、貫首が替わると数十の僧侶が付き従ったといいます。つまり、当時、船でごっそりと集団移動したわけで、宮崎の末寺ともつながりは深く、2017年のカレンダーの最後ページ(12月)を飾る「能登キリシマツツジ」はこのルートで能登に伝わったと言います。彼は彼の地でその写真展も開催しているくらいです。北陸の方言ダラがツツジと逆コースをたどって九州に伝わったのは疑いないと思われます。虫人

[ダラはヘンです]へ  ▷[渋谷利雄氏カレンダー '13]


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早朝の暗闇、雷とカラコロ瓦をたたく乾いた音で目が覚める。
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ブリおこし-1番に…初あられが降ったかな」時計を見る、夜中の3時。早寝早起きにしても早すぎるが、もはやこれまでと床を出る。

資料の整理で散らかっていた居間を数週間ぶりに掃除。17日に垣田さんたちが忘年会をやりたいと言うから、今から少しずつ準備だ。
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去年、お泊まりさん組は夜の間に積った雪から車を出すのに一汗かいた。
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海は、午後から陽もさしたが、波のうねりは収まりそうにない。いよいよ冬の日本海の始まりだ。

寝起きしたばかりの頭の中にふと言葉が過る…「風戸(ふと)」「風無(かざなし)」…能登出身の名投手だったドラゴンズ・小松辰雄氏の出身地あたりの地名だ。スペース滝と同じく”西風に翻弄される語源”そのままの、能登外浦の岬の陰にある小さな魚村の浅い漁港で糸を垂れた、釣り行脚の昔を思い出した。虫人

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